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某IT企業の経営者である友人の「中国旅行記」、第4回目は〔敦煌〕です。 ⇒

16日は、敦煌行きの飛行機の出発が計画より3時間後に変更になりましたので、『乾稜』に行ってきました。・・・
16日の朝一番で私がしたことはホテルの新聞スタンドで、全国紙と地方紙を購入することでした。 私は中国語を読めませんが、いずれも一面には「小泉首相の靖国参拝」の記事が載っていました。

『乾稜』までは、市内から約一時間掛かりましたが、着くまでの間ガイドの賈さんと、いろいろと日中関係を話しました。

「小泉首相の靖国参拝」に関する賈さんの見解を要約すると、「毛沢東・小平は革命軍人で力をもって国を抑えたが、江沢民は文人でどう国民に対する求心力を得るかが課題であった。 日中関係における侵略の過去の問題は求心力形成に必要であった。 国民がみんなそう思っているわけではない。小泉さんは引退する間際なので今回は話題性が少ない。 中国としては次の安倍さんが日中関係をどう考えるかに関心がある。」でした。

『乾稜』は、唐の第三代皇帝である高宗とその夫人が埋葬されている陵墓です。一つの山が乾稜そのものになっていて、陵墓そのものは発掘されていませんので、それに到る参道を観光することになります。道の両サイドに沢山の大きな石像が並ぶ壮大な参道です。

高宗の婦人は高宗の実父である、太宗の后であったが、高宗の死後一旦尼僧になった後、尼僧を辞めて高宗の后となり、高宗亡き後は中国で唯一の女帝になった、則天武后(武側天)のことです。

夜は、西安咸陽空港から敦煌に向いました。
敦煌は砂漠の中のオアシス都市です。3つに延びるシルクロードの交差点であり、漢代は西域に対する最前線の軍事基地でもありました。

17日は、敦煌郊外の『莫高窟:世界文化遺産』を中心に『月牙泉』『鳴砂山』『敦煌博物館』『敦煌城』を観光しました。

『莫高窟』は、中国三大石窟の一つで、当時の仏教芸術が集大成されている場所ともいえます。元代にいたる約1000年間、石窟は掘り続けられ、約1000の石窟がありますが、現在はその半分の石窟が保存対象とされています。

説明してくれた学芸員の話では、書かれている壁画から当時の建築技術の細部までわかるそうで、300名の建築関係の研究者が常駐しているそうです。また当時の服装からも材質・染めの技術・縫いの技術などかなりのことが分かるそうです。 遺産の貴重さはこんなところに真髄があるようです。

バーミヤンの巨大石仏がタリバンによって破壊され、人類史に大損害が出ましたが、毛沢東時代の文化大革命時の紅衛兵の勢力が及ばなかったのが幸いだったと感じました。きわめて保存状況は良好でした。

『敦煌城』は、中国と日本の合作で作製された井上靖原作の映画「敦煌」のために作られた、城や城壁、町並みをはじめとする広大な撮影セットです。

さて中国旅行記、次回は〔北京〕〔万里の長城〕で最終回です。

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