世界の旬な出来事を語り、NK225と市場動向を午後3時過ぎ発表。
某IT企業の経営者である友人の「中国旅行記」、最終回は〔北京〕〔万里の長城〕〔明の十三陵〕です。 ⇒  18日は敦煌を発って、13時40分に北京に着きました。この日は、『天安門』と『天安門広場』を観光しました。
北京も上海同様に、以前の印象とは大きく異なり、立派で清潔な街に変貌していました。 地方からの観光客が極めて多く、服装を見るかぎり豊かになりお洒落になってきたと感じました。 自転車が減り自動車が溢れ出してきた感じもしました。

19日は、『万里の長城:文化遺産』と『明の十三陵:世界文化遺産』を観光しました。

万里の長城』は、紀元前7世紀の春秋時代から明代まで、約2000年以上に渡り造成を重ねらえましたが、現存するものの大部分は、明代の建造で、総延長約6000キロ(中国の一里は約500メーターです。 従って万里は約5000キロになります)です。

長城は秦の時代に、各国で作られていたものをつなぎ合わせた「秦の始皇帝の長城」がその始まりで、その後、特に漢、明時代に堅固な城壁が作られた。 八達嶺から長城に登りました。この日は、土曜日のこともあり中国全土からの観光客が多く、万里の長城は、万人の長城で大変混雑していてマイペースで上れない状態でした。

明の十三陵(定陵)は、北京の中心から北西へ約50kmにあり、15世紀初頭の明朝の3代皇帝「永楽帝」から7代皇帝を除く、16代皇帝まで13人の陵墓が散在しています。 私たちが訪れたのはそのうちの現在一般公開されている14代皇帝である、万歴帝の陵墓「定陵」です。定陵の特徴は地下数10mに作られた地下墳墓にあります。

北京での最後の夜は、梨園劇場で、京劇を見ました。 過去の経験では赤・青・黄色の地に彩色をしたお面をかぶり、刀を振り回しながら踊るものかと思っていましたが、これを出し物としていた劇場はもう閉鎖したそうで、伝統的な衣装や楽器の演奏で、オペレッタ風の歌が中心の、北京オペラとも言うべき京劇でした。

いよいよ明日は成田に帰国という安心感もあって、ホテルのラウンジで飲んだコーヒーは実に美味しかった。 各地でコーヒーに挑戦しましたが、やっとおいしいと私が感じるコーヒーに出会いました。

20日は、ゆっくりとホテルを出て、昼過ぎに北京からの成田への帰途に着きました。 飛行時間は2時間45分です。途中眼下に、大連市街、ソウル近郊の山並みが良く見えました。 中国は悠久の人類の歴史をもつ、広くて近い国でした。

各都市毎では、親切で明るいガイドさん、運転手さんにお会いでき、楽しく思いで多い会話の中での10日間でした。

今回の旅行で、中国が保有する世界遺産30ヶ所(文化遺産が21、複合遺産が4、自然遺産が5)のうちの、5ヶ所を訪問することが出来ました。 残る16ヶ所の文化遺産は今後の楽しみです。

文化遺産ではありませんが、東部に位置する安徽省の垓下(がいか)をいつか訪れたいと思っています。 この地は、漢の劉邦と楚の項羽の最期の戦いで、項羽の四面を取り囲む劉邦軍から楚の歌が聞こえてきた事で、項羽は楚が劉邦軍の手に落ちたと負けを悟り自刃して果てた地です。

「虞や虞や汝を奈何せん(どうするか、どうしようもない)」と項羽は歌い、項羽に付き添っていた虞美人を歌の直後に喉を刺して殺します。 また、項羽に長年連れ添った名馬烏騅(うすい)を一艘の船に乗せて逃がしますが、騅は項羽の元に戻ろうと船から飛び降り、溺れて力尽きてしまいます。 是非この場所に行きたいと願っています。

さて中国旅行記、大変興味深く、又、懐かしく読んだ方もいらっしゃる事と存じます。 貴方は(貴女)は如何でしたでしょうか。

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